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Takashi Murakami  Artist : murakamipom

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MADSAKI Says “Yo! snipe1 & UFO907, Get Your Asses Over Here!” will be able to have an impact on that natural current. I hope you will come see it.
@madsaki @fukitalltokyo @ufo907 @ Nakano Broadway

明後日の金曜日の夕方、日比野克彦さんとのトークショウを行います。日本における日比野さんのあり方はといいますと、以下のようになると思います。(Instagramの英字に直す様の文面なので硬い表現になってますが、英語圏にも理解してもらおうとしての文面です)
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日比野克彦。1980年代のバブル経済隆盛時を代表しひと時代を築いたアーティスト。そしてメディア内での有名人。今は、モリミュージアムのイベント監督や、ハンディキャップの人々とのワークショップなどを活発に活動していて、日本の芸術大学の頂点の東京芸術大学の美術学部長にして、岐阜県立美術館の館長でもあり、とにかく、マルチタスクの天才。これが日本国内での彼への評価です。
しかし、違った見方を今回はしてみよう、と。
「もの派」以降の現代美術業界の息の根を一度止めさせてしまった張本人。バブル経済が1986年から6年間続いて1991年に終焉するまでに活動できる限り活動し、日本の美術の方向性そのものを変えた人。しかしそれは本人は何も意図していなかった、という。
バブル経済隆盛時、西武セゾングループという戦後鉄道、不動産、ホテル、百貨店事業を展開した戦後を代表する新興コングロマリット企業、、、が牽引した文化事業が日本を丸ごと飲み込みました。日比野克彦もその西武セゾングループのPARCOという商業施設の恩恵に預かっていて、それらが作り出す波の存在が大きすぎて、津波の様に現代美術業界をも飲み込み、流し去ってしまいました。(西武セゾングループは現在名前は残っておいますが業務実態は別会社の傘下となっているようです)
1991年のバブル経済の崩壊以降「失われた10年」という日本の反省期に入ってしまい、その頃の文化状況も後に見直されることはありませんでした。僕がデヴューした頃の日本の現代美術業界はバブル経済崩壊の余波で、本当に何もない状態でした。その実態を「superflat」とか呼称し、セオリーを創ってみました。
「superflat」ムーブメントは、まさに草の根的で、崩壊した更地に雑草が少しづつ生えてくるさまを表現しました。失われた10年、、、というか現代美術業界的には20年。「もの派」から「superflat」までを繋ぐムーブメントは正に日比野克彦と無縁ではないのです。
そういった文化総体の流れは、日本人には自明であっても、国外の人にはきっと不思議に映っていたことでしょう。そうした当時を振り返り、文化のあり方を考えてみたいと思う、そういうトークショウにしたいと思います。
ちなみに、トークは日本語のみなので、後にレポートいたしますね。
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、、、と、これを英語に直した記事は別投稿て既に掲載しました。
日比野さんの名誉のために付記しますと、僕が出会ったアーティストの中で、最高位に気遣いがあって、気持ちのいい、思いやりもあり、若い人や弱者に目配せの出来る人格者です。若くからスーパースターになったにも関わらず大変謙虚な事も驚きます。故に、今のポジション(東京芸大美術学部長、岐阜県立美術館館長)におられるのでしょうが、しかし、当時の日比野さんはそういう人格者としての地金は見えず、ただただ、、、寵児、でした。なにもかも吸い込んで、何もかもなぎ倒し、何もかも新しくぶっ立ててゆく。バブル経済、西武セゾン、PARCO、日本グラフィック展、広告業界、、、。。。そういう時代の総体が日比野さんが全て背負っていた時が確かにあったのです。しかし、バブルが崩壊した後、日本中がその実情に打ちのめされ、反省し、ただただ反省し、あの頃を振り返る事を、経済人のみならず、文化人達もしなくなってしまったのです。
あえて、今、あの頃を振り返り、そんな寵児、日比野克彦が太陽となった時、日陰者として誕生したであろう、生活密着型の陶芸の世界のその後30年のモードの創出を考えてみるのが、今回の主旨です。どうぞ、よろしくお願いいたします。
トーク:日比野克彦×村上隆
8月25日(金)19:00〜20:30
登壇者:日比野克彦、村上隆
入場料:2,500円
会場:Kaikai Kiki Office 3F

現代美術のアートマーケット、美術館業界においてグラフィティ、ストリートアート(以下、文字数削減の為G&S:ARTと呼称する)の部 類は、今もそんなにメジャーではない。ジャン・ミッシェル・バスキア、キースヘリング、ぐらいがその世界のメジャーアーティストである。だが、彼 らは物故作家である。現存するアーティストにおいて、存在感を醸しているのは、KAWS、 TWIST、JRらであろう。(他にも諸説あると思うのですが)まぁ、 よ〜く考えてみれば、私の様な日本から出てきて敗戦後のローカルなサブカルチャーを背景にデヴューしているSUPERFLATアーティスト達も、 ストリートと言わなくとも、アウトサイダーな立場ではあろう。
保守本流の絵画、彫刻、概念芸術の系譜は、アウトサイダーによって、侵食され、新しい歴史になるか否かのテストケースとして認知され時間の風雪に 耐えうるか否かを試される。
今、私自身の存在もそのテストランの真っ最中であるとも言えよう。そんな私が人様の事をかまっている暇があるわけでもないのだろうが、 G&S:ARTが気になる。その存在を現代美術の保守本流の俎上に乗せて、必然性を立証したくなる。
なぜなれば、G&S:ARTは、タグ、ボム、等の活動領域への自我の刻印がその創作の初期衝動であるとするなら、現在は現代美術というテ リトリーへ、タグ、ボムし始めていると言っても良いのではないか?ここ3年間、僕らは少しづつ、G&S:ARTとは何か、現代美術の世界 への着地の仕方を考えながら展覧会を創ってきたが、そろそろその滑走路も整ってきたのではないかと思うのだが、どうだろうか?あくまでも自然的な マーケット、美術館業界でのリアクションがそのように動き始めることを誘発できたらなぁ、と思う次第。今回の展覧会MADSAKI Says “Yo! snipe1 & UFO907, Get Your Asses Over Here!”もその流れの中でインパクトを与えれるのではないか、と思っているので、是非、見に来てください。
@madsaki @fukitalltokyo @ufo907 @ksnyang
#ozzingaro #hidarizingaro #barzingaro

→part2
The movement during the lost decade—actually, two lost decades in the contemporary art industry— between Mono-ha and Superflat cannot be discussed without mentioning Katsuhiko Hibino. Such cultural current in the aggregate may be self-evident to the Japanese, but it must have seemed strange and mysterious to those overseas. In this talk event, I am hoping to look back at this period and contemplate the notion of culture itself.
By the way, the talk is in Japanese only, so I intend to report back in English at a later date.

This coming Friday evening, I will do a talk event with Katsuhiko Hibino. His standing in Japan is as follows: The artist who represented the blooming Bubble Economy in the 1980s and defined an era, he is also a media celebrity. Today he remains active, overseeing events at the Mori Art Museum and holding workshops with people with disabilities. He is a multi-tasking genius, at once the Dean of Faculty of Fine Arts, Tokyo University of the Arts—the creme de la creme of Japanese art universities—and the Director of the Museum of Fine Arts, Gifu. This is how he is viewed in Japan in any case.

This time, however, I am hoping to put him in a different light. He is the very person who, for a time, choked the life out of the contemporary art industry after Mono-ha. He is the one who worked to his absolute capacity during the six years of Bubble Economy from 1986 to 1991, entirely shifting the direction of Japanese art itself. Hibino himself, however, hadn’t intended any of it.

When the Bubble Economy was blooming, cultural programs led by Seibu Saison (Sezon) Group, a postwar corporate conglomerate that developed railroad, real estate, hotel, and department store businesses, swallowed Japan whole. Hibino himself benefited from his relationship with PARCO, the said group's commercial facility. The wave these cultural programs kept generating were so enormous that ultimately, like a tsunami, they engulfed the contemporary art industry and washed it away. (Seibu Saison (Sezon) Group remains today in name but I understand that it is run under another company.)
After the burst of the Bubble Economy in 1991, Japan entered the so-called “lost decade,” its period of reflection; the cultural situation of this time has never really been re-evaulated since. The Japanese contemporary art industry around the time I made my debut really had nothing to offer in the aftermath of the burst Bubble Economy. So I gave it a name, Superflat, and came up with a theory about it. The Superflat movement was truly grassroots in the sense that it embodied weeds slowly creeping back into a vacant lot after a building collapse. →to be continued

In the contemporary art market and museum industry, works in the graffiti and street art (“G&S art" to conserve space here) category are still not that mainstream. Jean-Michel Basquiat and Keith Haring might be among the very few major artist in that world, yet they are both deceased. Among the living and active artists, those who make their presence known are KAWS, TWIST, and JR (though I’m sure there are various other theories). If you really think about it, though, Superflat artists like myself, who came out of Japan and debuted with the postwar local subculture as our background, stand as outsiders of sorts, even if we aren’t exactly street artists.
Outsiders constantly erode the lineage of conservative mainstream painting, sculpture, and conceptual art, and some get recognized as test cases for whether they would become part of a new history; they face the trial of weathering the hardships.
In a sense, at the moment I am myself in the middle of such a test run. As such, it isn’t as if I have spare time to care about other people’s businesses, and yet G&S art tugs at me. It tempts me to put it on the table with conservative mainstream and to prove its inevitability. Because if G&S artists' early creative impulse had been to impress the self on their arena in the forms of tagging and bombing, we could perhaps say that today they are starting to tag and bomb in the territory of contemporary art.
For the past three years, we have been incrementally creating exhibitions that explore the nature of G&S art while contemplating how best to land it in the contemporary art world. I have a feeling that the runway is finally starting to take shape. I am really hoping to somehow induce a spontaneous market and a natural chain of reactions within the museum industries in that direction.
I am confident that our current show, MADSAKI Says “Yo! snipe1 & UFO907, Get Your Asses Over Here!” will be able to have an impact on that natural current. I hope you will come see it.
@madsaki @fukitalltokyo @ufo907 #ozzingaro #hidarizingaro #barzingaro

The painting style may be graffiti-like, yet the creative motivation behind these works and their subjects are something akin to a personal narrative; they depict the reality within the confines of a Japanese house. That, I think, is what’s original.
MADSAKI Says “Yo! snipe1 & UFO907, Get Your Asses Over Here!” @madsaki
@fukitalltokyo
@ufo907
Dates
Aug. 20 (Sun) – Sep. 2 (Sat)
12:00-19:00
※CLOSED on Wednesday

I have a sense that, with this show as a trigger, a new painting movement with Japanese "real graffiti" style may come into being.
MADSAKI Says “Yo! snipe1 & UFO907, Get Your Asses Over Here!” @madsaki
@fukitalltokyo
@ufo907
Dates
Aug. 20 (Sun) – Sep. 2 (Sat)
12:00-19:00
※CLOSED on Wednesday

昨夜は疲れすぎて、長嶋茂雄じゃないが、体力の限界の限界を感じた。体力がダメになると気力も出ない。安藤雅信さん @masanobu.ando とのトークが終わって、安藤さんを囲む打ち上げがあって、楽しかったので、蕎麦焼酎を2杯も飲んでしまい、まぁ、中野でやる、 @madsaki のキュレーション展でも覗いて帰ろうか、いや、安藤さんは、二次会行こうと言ってたので、madsakiやら、スナイプさん @fukitalltokyo @ufo907 さんらにご苦労様と挨拶して、二次会参加しよ!と、思って中野に来たら、カオス!全然終わってなーい!グラフィティーの人間のメンタルの闇を見て、ああ、現代美術って、まとめる能力、実はメインスキル?それが必要なのかぁ、と、思って展示を手伝い始めたら、あっという間に午前一時で、展示現場で自分、寝始めてしまったので帰社(わしの寝床は三芳のスタジオの中にある。写真中央の箱がワシの寝床)して、倒れた。過労死で死ぬ、と思った。展覧会のインスタレーションはホントに特殊な仕事です。ギャラリーを麻布と中野でやり始めて、月に何本も展覧会が開いて、かつ、今年は美術館での展示もあって、その都度、スタッフ @tatsuyayamasaki @udaikitagawa @ksnyang らが徹夜体制になって迷惑かけてるが、流石に昨日は、安藤さんとのトークの準備が大変だった、ここ数日と、2杯の蕎麦焼酎と、グラフィティーピーポーらのカオスでヤラレテ、ああもう出来ない!これ以上!と、思ってしまった。って、それだけ書くために労力使うなよ!と思いつつ、本日より中野ブロードウェイではmadsakiさんキュレーションのグループ展が開催されますので、皆さんぜひ見て欲しいです。的な!ヨロシクお願いします。あと、安藤さん。二次会行けなくてスミマセンでした。しかし、今午前7時、madsakiさんの展示が終わった報告はないので、みんなはヘロヘロでやってんやろなぁ。スミマセン。

『すべての雑貨』
という本を、「工芸青花」
@kogei_seika
と「うつわノート」
@utsuwanote
で紹介されていたので、読むことにした。
中央線沿線の西荻窪という駅の界隈で「FALL」という名の雑貨屋さんをやってる三品輝起(みしなてるおき)さんの書いたエッセイ集だ。
「工芸青花」菅野さん、「うつわノート」松本さん、共に文中の文脈内の「雑貨を取り巻く環境」「雑貨と美」のあたりに反応しているのだが、それは それ。僕はそこには触れません。
むしろ読了感に過去類似したものを発見し、いろいろ脳内で溜飲が下がっている。

その読了感の類似とは、初期の村上春樹の短編に似ている、と思ったのだ。

若者から中年期に差し掛かった情報をたくさん持つ主人公、と言うかこの本の場合、著者=文化人が、自分の身の回りの豊かさと儚さを憂うる感じが、村上春樹デヴュー当時的設定な主人公像に被る。

今時の文化人は、アマゾンやネット通販が生活に入り込んできた今の心の在り処のバランスを語り、その中で自分の家族の事を懐古し、そして今の自分の憂鬱を想う、、、と。

これで、彼女が登場して、スパゲッティを茹でるような感じで、蕎麦でもウチ始める主人公だったら、そのまんま今時の<あの頃の 春樹世界>な気がする。

で、何をして溜飲が下がったかと言えば、僕が最近傾倒しているバブル経済崩壊後の陶芸業界の隆盛の構造の調査で、陶芸界の牽引する人間、西麻布の陶芸ギャラリー「桃居」のオーナー広瀬一郎さんが、30年ほど前にBARをやってて、その当時、村上春樹もBARをやってて、なんという か、今の雑貨屋さんとか骨董屋さんって、30数年前のBARやってる人と同じ種族なんじゃないのかって!思った次第。 「生活工芸」というジャンルを立ち上げ た、三谷龍二さんという木工細工の方や、陶芸家にしてギャラリー「百草」のオーナー安藤雅信さんらは、ジャズの洗礼をうけていて、アメリカのジャズの当時のマイルス・ディヴィス等の新譜をどう解釈するかとか、大事な部分で、それが彼らの美学を形成しているらしいのだが、それとは、20年、30年違った世代、それが『すべての雑貨』の著者にし て、雑貨屋のオーナー三品輝起(みしなてるき)さんなんだなぁ~と。

彼の雑記の文面が、村上春樹風というので、今時の東京のおしゃれで洒脱な文化人のあり方と、当時のそれが近似していて、その辺のムードの円環が閉じつつあるんじゃないか、、、とか。

そういう僕の中の妄想に火が付いたわけです。

とにかく、 夏の長雨の埼玉の廃品回収業者近くの僕の絵画工房で読むと、なんだか、自分が20歳代の大学生に戻ってゆくような。。。村上春樹のあの時代に戻れました。 『すべての雑貨』著者:三品輝起(みしなてるき)
デザイン :櫻井久、
価格:2000円+税
版型:四六判上製変形
頁数:288頁

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