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Donna  L'écume des jours. De la Nouvelle-Calédonie au sud de la France 泡沫の日々。 From New-Caledonia to South of France

双子の子育て中によくあることのひとつとして、「一緒に生まれてきた子たちなのに、どうしても同じように可愛いと思えない。一人だけにしか愛情が湧かない。上の子がいる場合はその子への愛情が一時的に薄くなる。」というのがあるのだそうだ。これは産後直後に起こるらしく、お母さんのホルモンバランスや疲労が回復するにつれて自然と穏やかになっていくから大丈夫だからね、と出産前の私に助産師さんが話してくれた。自分の子を可愛いと思えないことなんてあるんだろうか、待ち望んでいた私たちの赤ちゃんを。それは自分には起こりえないだろう、とその時は思っていた。産後、無事に産まれてきてくれた子供たちは本当に可愛いく、愛しく、愛情は募るばかりだった。それでも双子の子育ては想像以上に大変で。自分の睡眠時間は平均2、3時間という毎日が続いた。核家族の大変さ、双子にかかるオムツ、ミルク代。いろんなことに疲弊して、不安も重なっていく。でもやっぱり子供たちはたまらなく可愛い。この幸せがあるのだから、きっと私は大丈夫。全てうまくいく、と思っていた。だけど少しずつ、私の中にララを疎ましく思う感情が芽生えていた。1日2回の散歩が1回になり、尻尾を掴んでしまった娘に嚙みつこうとしたララを強く叩いて叱ったのに、それでもまだ胸のざわつきが収まらない。ララはそんな私を、どんな想いで見ていたんだろう。ゆっくりとララの体を撫でてあげる時間はとうになくなっていた。あんなに与えていた溢れるララへの愛情はどこに行ってしまったんだろうか。自分で自分が嫌になった。そんな時、助産師さんからの言葉を思い出した。あぁ、これはもしかして。それからいろいろなことが起き、何度も夫と話し合って、私たち家族は夫の実家を頼ってフランスに居住を移すことにした。13年住んだニューカレドニア、初めての海外生活。私は移住してすぐに動物愛護団体に行き、ララの里親になった。可愛いくて、柔らかで、美しい子犬。ララとの生活は楽しく、穏やかだ。その南の島で、私はいくつかの恋愛をして、最後に夫と出会い、子供たちが産まれた。その全ての思い出がニューカレドニアにあることを私は誇りに思う。不思議なことに名残惜しくはないけれど、愛すべき場所。今はフランスでの生活にも馴染んできた。ゆっくりとだけれど、崩してしまった心と体も整っていく。産後、ララを愛せなくなっていたことを思い出すたびに胸が苦しい。フランスに暮らすようになり、夫の両親たちがそばにいる安心感、子供たちが保育園に通い出して自分の時間が持てるようになったことで、私はもう一度ちゃんとララと向き合えるようになった。朝と夕方、ララとのんびりゆったり散歩をする。朝起きて、おはようと抱きしめる。夜は、おやすみと抱きしめる。可愛いくて、優しくて、柔らかなララ。先週はワクチン接種をした動物病院の先生に、「え!14歳?9歳くらいにしか見えない!」と言われたね。よしよし、いいぞ、その調子。今日も優しくブラッシングをしましょうか。うんと長生きするんだよ。いつでも私がそばに居てあげる。あなたも私たちのそばに居てね。たくさんのごめんねがあなたにある私だけれど、今はそれ以上にあなたを愛しているから。ごめんね、ありがとう、大切なララ。あなたが教えてくれたこと、与えてくれること、全部が私の心に沁みこんでいるよ。

お庭のジャスミンがささやかに花を開き、ひとつひとつが香り始めた。今日は子供の日なんだね。記念にここで写真を撮ろうね。

おじいちゃんのお誕生日、手巻き寿司でお祝いランチ。私は自分も含めて、人の年齢をあまり気にしないし、尋ねることもないので、おじいちゃんが何歳になったのかは正確には知らないけれど、これからの新しい日々を、楽しく健やかに家族みんなで迎えられることをお祝いしましょう。おじいちゃん、いつもシニカルなジョークと温かな愛情をありがとう。ご近所さんが私のことを「きれいなお嫁さんですね。」と言ったら、あなたは声高らかに「えー?あんた、眼鏡作り直した方がいいよ!」と笑い飛ばしたあとで、もしかしたらジョークが通じなくて私を怒らせてしまったんじゃないかと、美味しいチョコレート菓子をたくさん買ってきて顔色を伺ってきたときのことを思い出しています。いつもは背筋がピシッと真っ直ぐなおじいちゃんなのに、あの時だけ何故だか猫背になっていましたね。可笑しかったなぁ。
おじいちゃん、いつもありがとう。うんと長生きしてね。みんながあなたを愛しています。あなたが私のお義父さんであること、子供たちのおじいちゃんであること、とても幸せに思うのです。ハッピー・ハッピー・バースデイ。

3歳半検診へ。
息子、身長101センチ。体重13キロ。
娘、身長96センチ。体重12キロ。
ヨーロッパの基準と比べるとかなり体重が軽いけれど、アジアの基準なら普通なのかな?とドクター。野菜とお米、果物が大好きな子供たち。それだけでは体重は増えないけれど、野菜好きなのは素晴らしい。フルーツジュースは与えない、できるだけ果物と一緒に牛乳やヨーグルトでミルクシェイクを作って飲ませるように。豚肉、鶏肉も大事だよ。就寝時間をもう少し繰り上げてね。息子くんはやんちゃで落ち着きがないの?あなたたちは糖分の摂り過ぎだと思っているのかな?じゃあ聞くけど、息子くんは学校ではどうなの?先生から授業態度を注意されている?そう、学校では言うことをよく聞いて、きちんと学習できているんだね。もしも糖分の摂り過ぎならば、家でも学校でも、一日中落ち着きなく暴れているよ。家では君たち親に甘えているんだよ。食習慣のせいじゃない。君たち親が、今よりもっと心を広く、今よりもっと叱るタイミングを統一するべきなんじゃないかな。

このドクターの予約は二カ月以上待たなければいけないけれど、今まで診察を受けたどの小児科医とも違う温かさと真剣さがある。息子のアデノイド切除が必要だと診断してくれたのも、最初の診察で娘が心に傷を負っているのは前歯を折った事故が原因だと察知したのも、このドクターだ。
歯は何年か経てばどの子も生え変わるんだから、焦らないこと。ただ、彼女の気持ちは今から治してあげないと。事故の瞬間の痛みと、怖いという気持ちがまだまだ彼女の中に残っていて、それが彼女を些細なことでもパニックにさせてしまうんだよ。
娘は極端に怖がりで、ドクターの言う通りにパニックに陥りやすい。
夜、子供たちを寝かしつけた後。
夫と二人、自分たちの育児について話し合う。時間は取り戻せないんだから、今できるだけのことをしよう。子供たちが望んでいるのは家族で楽しく暮らすことなんだから。時間さえ僕たちが惜しまなければできることばかりだよ。夫はなんでも簡単に理想を語るなぁ、と思いつつも。私もまた同じ想いだ。
明日は朝市。子供たちの好きなアボカド、人参、ブロッコリーを買いに行こう。バナナとリンゴも。美味しく作って、楽しく食べよう。公園にも行こう。遠くの動物園には連れていってあげられないけど、ララとのんびり歩いて原っぱに行こう。てんとう虫を探そう。怖いことは何もない。大丈夫、大丈夫。

暖かな春はどこへ行ってしまったの?
夏日が続いて、春の服を通り越して半袖で外を走り回っていた子供たち。ところが数日前から気温がぐっと下がって、まるで冬。
春服を着たい娘、長袖の肌着とタートルネックのシャツ、その上からさらにセーターを着させられてご機嫌斜めの朝。息子は息子で、「僕には汚れても破れてもママが怒らない服を着せてくれたらいいからね。僕はやんちゃなんだ。男の子だからね。」と言っている。
華奢な体の娘、特に首がひょろっと頼りなさげに長い。少し寒い日には首元が冷えないようにといつもタートルネックを着せてしまう。朝は暖かだったから、クルーネックの服を着せて学校に行かせたあとで午後から急に冷え出したりすると、あぁ、首元が冷えて風邪をひいたりしないだろうか、と心配になる。私は過保護なんだろうか。思えば私も幼い頃は娘によく似ていて、痩せていたし、ひょろっと首が長い子供だった。いつも親戚や祖母の家に預けられていたから、服はいつも適当で。こんな季節にはよく、思っていたより寒いなぁ、と両手をこすり合せてぎゅっと体に力を入れながら耐えていたんだった。おばあちゃん、今日は銭湯に連れていってくれるといいな、なんて願いながら。
だけど。
母と一緒にいた時には、私もいつもタートルネックを着せられていたんだった。あんたは首が細くて長いから、首が冷えると風邪ひくから、と。私が咳をしたり、喉が痛いと言えば、母は自分のシルクのスカーフを私の首に巻いてくれた。それはいつも香水の匂いがした。母が死んだ後、私は彼女がよく身につけていたソニア・リキュエルとクリスチャン・ラクロワのスカーフを形見分けとして受け取った。ジュエリーは叔母に、毛皮のコートやブランドバッグは母の兄弟のお嫁さんたちで分け合って、残りは全部、近所のお寺にお願いして燃やしてもらった。母の好きだったソニアのセーターも、オーダーメイドのドレスも着物も、みんな灰になった。死んだら何も持っていけない。残された私にも必要がない。あれも欲しい、これも欲しい、という気持ちはあの日にリセットされたような気がする。本当に欲しくて恋しかったものを自分で手にするまでの長い長い旅が始まったのはあの日からだったのかな。
ラクロワのスカーフはニューカレドニアで盗まれてしまったし、ソニアのスカーフはどこにしまったのかも思い出せない。
今、娘の首元を冷やさないようにと心配するたびに、母のスカーフを思い出す。母に優しくしてもらったこと。
人から自分の家庭環境を指摘されたり、自分のことも否定されたりすると、「だけど、私はちゃんと母に大事にされていた。だから私は大丈夫。」と自分に言い聞かせて、スカーフを首に巻いてくれた母のことを何度も思い返して、折れそうな気持ちを奮い起こしていた。
つらい記憶は消えないけれど、優しくされた記憶も消えない。私は子供たちにどんな記憶を残すんだろう。自分の大切な人にも同じことをしてあげたいと思うような、ささやかでもそんな経験や記憶を心のどこかに残せたら。

半身浴、我が家の場合。
浅瀬にて、ラッコが空を仰ぎながら揺らいでいるイメージで。

春色の服、桃色気分。
息子、春の装いをした自分の双子の姉に、「わー、可愛い♡恋に落ちそうだよ。僕のピンクのプリンセス♡」なんて言うものだから、娘はもう一日中にまにましながらおしとやか。おばあちゃんがジュースをあげようとしたら、「こぼしてお洋服にシミを作ってしまったら私泣いちゃうからお水にして。」とお願いしていた3歳女児。やれやれ。

イースター。
庭に隠されたチョコを探す子供たち。一番最初に見つけたチョコを、すっと娘に手渡す息子の優しさよ、素晴らしいぞ。彼女は君より小柄だから、いつもそうやって彼女の届かない場所にあるものを取ってあげているんだよね。でも、チョコは君だってすごく欲しいだろうに、自分は後でいいからという心の広さに感心したよ。とにかく毎日やんちゃで手に負えないことも少なくない君だけど。小さな君のその広い心の優しさを、ママはちゃんと知っているからね。いつもありがとう、愛しているよ。

学校はまたもや二週間半のお休み。今回は夫が仕事で一日中外出という日が多く、気温25度以上の夏日が続いているせいもあり、一人で子どもたちのお世話をする私の体力と精神力もそろそろ限界、、、。昨日は子どもたちを連れてララの散歩に出かけようとして、なんとか帽子を二人に被らせ、靴を履かせ、そこからまたトイレと騒ぐ娘をトイレに連れていき、なぜだか靴を脱ぎ捨て車のおもちゃで遊び出す息子をなだめ、また靴を履かせ、喉が渇いたと言い始めた二人に水を飲ませ、三十分費やしてどうにかこうにかやっと家を出るぞ、という時。ララ、散歩に行くよー、と言いながら、無意識にララのハーネスを息子に着けようとしていた私。「ママ!よく見て!僕だよ!ララじゃないよ!」と彼に言われて、はっと我に返る。娘からは、「ママ、面白い冗談だね♡でも、もう間違えたらダメだよ。」とたしなめられ。あぁ、疲れている。自分のキャパを超えるとこうなるのか。
それでもまだ、お休みは明けない。後半戦も頑張らねば。
今朝は二人をベビーカーに乗せ、片道二十分かけて公園まで。大変だけど、公園までは車の多い通りばかりだから、二人と手を繋いで歩いていくより安心。しかし、重い、重いよ、3歳児二人を乗せたベビーカー。でも、公園でしっかり遊んだから、二人ともお昼寝ぐっすり。やれやれ、よしよし。
それでは私はほうじ茶でも淹れましょうか。また午後から頑張れるように、ちょっとここで一服。湯呑みを持つ手が心なしかぷるぷると震えているけれど。

10歳の私が撮った母の写真。
ホステスをしていた母が、「遠くに引っ越しをするお客さんがママの写真を欲しいって言うから。あんた、上手に撮ってよ。」と、私にカメラを持たせたのだ。こちらに向けて、いつもとは違う表情をする母にシャッターを切るのは、できるならば逃げ出したい、早く終わらせたい、と願うくらいに居心地が悪かった。早くいつもの母の顔を見せてくれないかとざわざわした気持ちだったのを覚えている。
母の夜の仕事のことは理解しているつもりだった。でも、そんな表情で仕事しているなんて想像していなかった。大人の世界、私の居ない場所での母、家の中での普段の母。
現像してきた写真の中から、母なりに写りが良いと判断した数枚がお客さんに手渡された。残りの写真からは、それなりのものがアルバムに貼られ、それ以下のものは「下手ね。センスがない。」と破り棄てられた。
あの日、カメラを持たされた私の前には、西日に照らされた母がいた。日頃は向き合うことのできない不器用な母と私が、カメラ越しに向き合っていた。ぎこちない私の背に、ゆっくりと夕焼けが落ちていく。

今、私の前には私の娘がいる。小さな彼女は、携帯電話のカメラで、ひっつめ髪ですっぴんの私にシャッターを切る。彼女はそこから逃げ出したいとは思っていない。撮ることを楽しみながら、彼女なりに構図に試行錯誤して被写体の私と向き合っている。あぁ、私はあなたとずっと向き合っていたいよ。くたくたでも、きれいでなくても、あなたのママでいたい。ママは完璧じゃないし、いつもなにかしら、どこかしら問題を抱えてる。でも全身であなたたちを愛しているよ。そんなママを、これからもどうぞよろしくね。ぶつかり合うことだってあるだろうけど、それも家族の試練だと思うんだ。ママはね、今までそういうことから逃げてばかりいたんだよ。でも、もうそうはしたくない。もしまた繰り返してしまったら、最初は溢れていたはずの愛情がぺちゃんこになってしまいそうだから。ねぇ、これからも時々はママの写真を撮ってくれないかな。あなたの目の前にいる私は、いったいどんな表情をしているのか、あなたはどんなふうに私を見ているのか、知りたいし、記憶にも記録にも残しておきたいんだよ。そこにはきっと、積み重なっていく幸せも、つらくて厳しい現実もあるでしょう。でもそれらはきっと、ママの心のずっと奥にあったものに優しく触れたり、溶かすような温もりがあると思うんだ。

娘が撮ってくれた今日の一枚。
位置やポージングまで指定してきて、パシャ、パシャ。でも、いつもみたいに連写はせずに、数枚撮ったら写真を確認して、「OK、じゃあ今度はこんな風に。」なんて生意気なことを言う。先週、学校でクラス写真を撮影したときのカメラマンさんの真似をしている模様。スピリチュアルな感覚を持っている人から、まだ産まれてすぐの頃に、「彼女はカメラマンになるかもしれないなぁ。プロにならなくても写真をいつも撮っているイメージが見えるよ。」と言われた娘。うーむ、どうなるのかな。息子は「陶芸家かな。手で器を作っているイメージが見える。」と。私には未来が見えない。毎日くたくたになるまで、今の暮らしの中で生きて、育んで、健やかなこれからを望んで、願って。でもいつか、この子たちが自分の夢に才能を開花させるとき、今のこの暮らしがほんの少しでも軸になっていたりしたらいいなぁ。うまく言葉にできないんだけど、西日に染まりながら娘の被写体になっているとき、そんなふうに思ったんだよ。

Hey Google ! Beatbox for me !

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